JASAヴィジョン2009
Update: 2009.11.16

【JASAヴィジョン2009】
 「100年に1度」「未曾有」などと形容されることの多い今回の経済危機。国内企業は,わずかな例外を除いて厳しい経営環境にさらされています。組込みソフトウェア業界も例外ではありません。しかし,危機のときこそチャンスといえます。こんな時期でしかできないことがあるはずです。いまこそ経営改革を強力にすすめるときなのです。
 
 では,JASA(組込みシステム技術協会)はどうあるべきでしょうか。会員企業をどのように支援すればいいのでしょうか。危機のときこそ足元を固めるべきと考えJASAは,将来を展望するJASAヴィジョン策定委員会を立ち上げました。そして,検討を重ねた成果が「JASAヴィジョン2009」です。23年の歴史をもつJASAの集大成としてまとめたもので,経済危機をチャンスに変え,輝く未来への道筋を示すことを目的としています。
 

ものづくり力と協業力を高める
 JASAヴィジョン策定委員会は,会員企業と業界を活性化するキーワードとして「協業力」に着目しました。協業力とは,企業間連携をすすめる力や複数企業を束ねる力を指します。協業力の背景に「ものづくり力」があるのは言うまでもありません。ものづくり力が強いからこそ,協業のパートナとして選ばれるわけです。幸いなことに組込みソフトウェア業は永年にわたって,ものづくり力を培っており,業界の強みになっています。その強みをいまこそ生かすときです。

 組込み機器/システムのバリューチェーンを川上・川中・川下と分けたときに,経済危機によって川下企業は事業の構造改革だけではなく構造転換さえ迫られている状況です。1社で何もかもまかなう時代が過ぎ去ったことを考えると,構造改革や構造転換を支えるパートナが欠かせません。ここで問われるのが,川上・川中企業の協業力です。もちろん,いきなり「川下企業との協業」といわれても,パイプや“場”がなく戸惑うだけです。やり方が分からないし,連携のキーマンを見つけようにもツテがなく途方に暮れます。JASAの出番はここにあります。情報交換の場の提供役,協業相手を探し出す仲人役,協業した企業群が力を存分に発揮できる環境を作る触媒役,川下企業のニーズを見極めてすすむべき方向を指し示す船頭役がJASAに求められるのです。

 JASAは,会員企業が共通に必要としている機能を提供すると同時に,会員以外の企業や業界団体,標準化団体,国との連携を橋渡しするインタフェース役を担います。特に経済産業省とは密に連携をとるべきです。組込みソフトウェア業への施策に対して積極的に発言し,業界をぐいぐい引っ張るリーダーシップがJASAには求められるのです。このほかにも,安心・安全の社会実現に向けた貢献,地域振興の推進(地域経済産業局とのパイプが重要になりますし会員企業の東名阪への集中を是正し,東北や九州での組織拡大が不可欠です),国際化への対応など,JASAが果たすべき役割は少なくありません。

 JASAには今後,大きな期待と重い責任がかかってきます。大前研一氏の言葉を借りれば,企業だけではなく業界が“突然死”する激動の時代です。「いままでやってこられたから,今後も大丈夫に違いない」という考え方は,もう捨てるべきです。本ヴィジョンが提示する業界改革によって,難局は必ず突破できます。経済危機をチャンスに変え,川下企業の構造転換に食い込むのはいまです。そのためにもJASAの改革は待ったなしです。
 

【背景】
 未曾有の経済危機のなか,日本の組込みソフトウェア/システム業界は産業的にも社会的にもいま転機を迎えています。そのなかでJASA(組込みシステム技術協会)はどうあるべきでしょうか。どう変わるべきでしょうか。危機のときこそ足元を固めるべきと考え,課題を検討する「JASAヴィジョン策定委員会」を立ち上げました。成果がこの「JASAヴィジョン2009」です。

 組込みソフトウェア/システム業界にとって産業的に大きな意味をもつのが,日本標準産業分類に「組込みソフトウェア業」が新設されたことです(以下では,この分類に沿って組込みソフトウェア/システム業界を組込みソフトウェア業と表記します)。これまで受託開発ソフトウェア業や各種製造業などに分類されていた業界がようやく居所を得ました。

 社会的には,「組込みソフト」「組込みシステム」といった言葉が一般的になったことに大きな意味があります。経済紙や専門誌だけではなく,一般紙やテレビ番組などでもさかんに取り上げられ,社会的に広く認知されるようになりました。産業的にも社会的にも,業界としての責任が重みを増してきたのです。

 JASAが日本システムハウス協会として発足したのは1986年のことです。マイコンブームやシステムハウスという業態が脚光を浴びた時期もありましたが,必ずしも順風満帆なときばかりではありませんでした。
 
JASAの会員数をみると,1991年に300社超とピークを迎えた後,長期低落傾向が続きました。家電・自動車・OA機器・FA機器・ロボットなど,日本にとって重要な製造業を支える「縁の下の力持ち」的な存在であり続けたのです。

 雌伏のときを経て,表舞台に立った組込みソフトウェア業ですが,重責をになう心構えと準備は十分でしょうか。再びスポットライトを浴びて目がくらみ,「いままでこのやり方でできたのですから,これからも」と,技術面や経営面の改革,人材の育成が安易な方向にながれていないでしょうか。品質・コスト・納期が危機的なのは周知の事実です。開発現場は人材不足が続き疲弊しています。産業構造や経営環境が激しく変化しているなかで,5年先,10年先を見すえて適切な手を打っているでしょうか。産業的および社会的な認知度の向上によって第2期黄金期を迎えたJASAですが,追い風が止まったあとも存在感のある,日本の産業の一翼をになう業界団体であり続けることができるでしょうか。

 現状のままでは正直なところ心もとないというのが,「JASAヴィジョン2009」策定の背景です。このヴィジョンは23年の歴史をもつJASAの集大成としてまとめたもので,組込みソフトウェア業が置かれた状況と問題を明らかにするとともに,経済危機をチャンスに変え輝く未来への道筋を示すことを目的としています。
 

ジャパン・ブランドを支える
 世界的な経済危機の渦中にあるものの,相対的にみれば組込みソフトウェア業が上げ潮の状況にあるのは確かです。 ソフトウェア開発という意味で同業の情報サービス産業とくらべますと,組込みソフトウェア産業の躍進ぶりがはっきりします(図1)。市場規模や就業人口をみたときに,前者は3年にわたって横ばいですが,後者は1.6倍と勢いがあります。

 勢いだけではありません。日本経済への影響力も小さくありません。経済産業省の組込み産業実態調査(2007年版)によると,組込み関連産業の生産額は約62兆円に達し,国民総生産(GDP)の13%を占めます。卸売り・小売業の13.8%とほぼ同じで,6.3%の建設業にくらべ約2倍の市場規模をもっています。「組込み関連産業=組込みソフトウェア業」ではありませんが,組込み機器におけるソフトウェアの比重が高まるなか,日本経済の支柱であることは間違いありません。

 社会的な認知度も高まっています。例えば組込みがマスメディアで扱われるケースが急激に増えました。図2に示したのはJASA設立の1986年以降の日本経済新聞と日経産業新聞,朝日新聞に掲載された記事の本数です(「組み込みソフト」「組み込みシステム」で検索)。日経産業新聞(えんじ色)の顕著な増加からは産業的な,日本経済新聞(水色)からは社会的地位の向上が垣間みえます。
 
 このように注目が集まる背景には,2007年の生産台数が世界一になったトヨタ自動車をはじめとする自動車産業,薄型テレビをはじめとする家電(デジタル家電)産業といった,国際競争力のある最終製品の存在があります。“ジャパン・ブランド”さらには“ジャパン・プライド”の担い手への関心の高さに引きずられる格好で,付加価値の源泉となっている組込みソフトウェアにもスポットライトが当たっているといえます。

 事実,ジャパン・ブランドにおける組込みソフトウェアの比重は高まっています。米マッキンゼーの調査によると1980年代に自動車の総コストの1%以下だったエレクトロニクス関連のコストは,2004年に約20%を占めるようになり,2015年には40%に達します。図3に示した開発工数の推移とあわせますと,ソフトウェアは付加価値というよりも価値そのものといえます。ハイブリッド車や電気自動車に注目が集まる現状を考えますと,この状況はさらに加速する可能性さえあります。
△図1 組込みソフト産業と情報サービス産業
 
△図2 日経新聞,日経産業新聞の記事件数推移
 
△図3 車載ソフトの推移
 

難問山積,質的変化と量的変化に直面
 産業的な地位が高まっている組込みソフトウェア業ですが,経営者の皆さんが日々感じているように実は内憂外患にさらされています。将来を見すえたときに,経営改革と業界改革は待ったなしの状況です。

 第一に,製造業の基本といえる品質・コスト・納期が危機に瀕しています。組込みソフトウェア業実態調査によりますと,組込み機器の出荷後に生じた不具合の43.8%はソフトウェアによるものでした。ハードウェアの不具合(16.9%)や製品企画・仕様の不具合(17.9%)を大きく上回ります。開発時の目標を達成できていないのも問題です。品質の30%はまだしも,納期と開発コストはともに60%が未達と惨憺たる状況です。

 背景には組込みソフトウェア開発に,(1)量的変化,(2)質的変化,(3)人的危機という波が押し寄せていることがあります。組込み機器の高機能化によって,ソフトウェアの規模は急増しています(図3)。例えば自動車(制御系)と携帯電話のソフトウェア規模はいずれも1000万行を突破していますし,ログ・スケールでの増加は今後も衰えそうにありません。

 ソフトウェア規模の爆発に対応して,開発リソースやコスト,開発期間が考慮されるようなら問題は顕在化しません。しかし川下企業からの納期やコストへの要求は厳しくなる一方ですし,川上・川中企業の開発現場は慢性的に人手不足です。これで高い品質のソフトウェアを納期どおりにコストをかけずに作るというのは,かなり困難が伴います。現場のモラールも低くなりかねません。実際,組込み機器での不具合がマスメディアで取り上げられるケースが増えています。
 
 第2の質的変化というのは,組込みソフトウェアの対象が,「制御」から「情報」へと移りつつあることを意味します。組込みソフトウェアの根幹はリアルタイム制御にあるのは今後も変わりません。しかし投入するリソースをみた場合に,開発の重心は情報処理へと確実に移っています。

 例えば自動車の「動く・止まる・曲がる」といった挙動の制御で,組込みソフトウェアは重要な位置を占め続けます。ハイブリッド車や電気自動車ならなおさらです。その一方で自動車の情報化は急速にすすみます。カーナビなどの車載機器がなだれを打ってネットワーク対応になります。扱う情報が膨大になるとともに,サービスと組み合わさることによって機能は多様になります。組込みソフトウェアがになう処理は複雑になるばかりです。

 こうした状況は自動車に限りません。製造装置やFA機器などでも,開発の大半を位置決めなどの制御が占めていたのは遠い昔のことです。今や企業の管理システムとの連携やグラフィカル・ユーザー・インタフェースといった情報処理に70%以上を割く時代です。

 量的変化と質的変化が押し寄せる組込み業界で,深刻の度を増しているのが人的危機です。技術者の絶対数とともに適切なスキルと経験を備えた“人材”の不足という二つの問題が顕在化しています。組込みソフトウェア産業実態調査によりますと,単純に頭数をみても組込みソフトウェア技術者は10万人不足しています。現状が23万5000人ですので,4割増しでようやく不足分を満たせる計算です。育成に手間と時間がかかる“人材”の充足率となりますと,さらに深刻の度は増します。
 

業界特有の利点を生かす
 こうした現場レベルの話だけでなく,産業構造の劣化というマクロの枠組みにおける問題もかかえています。産業構造の劣化は生活習慣病のようなもので,産業全体の活力をじわりと減退させますが,ことの重大さになかなか気づきません。気づいたときにはもう手遅れで,ついには存続さえ脅かしかねません。

 産業構造のどこが問題なのでしょうか。組込みソフトウェア業における開発は前ページの図4のように(1)→(2)→(3)とすすみ,川下(通常はメーカー)の最終製品にいたります。この流れは情報サービス産業と同じですが,組込みソフトウェア業には図4の(4)および(5)のように川上や川中の企業からダイレクトに川下企業にいたるパスがあります。そして,(1)〜(5)それぞれのパスで逆向きに成果物への対価が還流します。

 大きな問題は組込みソフトウェア業特有の(4)と(5)のパスで起こっています。川上から川中を経て川下にいたる(1)→(2)→(3)のパスでは,川下から遡るにつれて当然ですが対価は先細りになります。一方,(4)や(5)といったダイレクトのパスを有効に使えば直接対価が得られます(図5)。
ところが,川上・川中から川下への情報発信の不足,川下のニーズを川上・川中企業が的確にくみ取れないなどの理由で,対等なパートナとしての地位が確立されてないため,対価の還流が不十分です。川下企業からみれば,一見(いちげん)さんで,信頼に足る仲になっていないのです。

 対価の還流が不十分な結果,川上・川中企業のソフトウェア・エンジニアリングや技術者教育への投資意欲は削がれ,成長の芽はつまれます。こうした業界に優秀な人材を吸い寄せる魅力はとうてい生まれません。早晩人材の枯渇をまねき,業界の衰退が待っています。すでに,その兆候を敏感に感じ取っている川上・川中企業の経営者は少なくありません。

 川下企業と川上・川中企業の不平等関係は,知的財産権の帰属についても存在します。図6は2008年版の組込み産業実態調査の結果ですが,発注側有利の数字が明確に出ています。知的財産権の重みが増すなか,こうした状況の是正も重要になってきています。
△図4 組込みソフトウェア業の構造
 
△図5 イコールパートナの地位を築く
 
△図6 知的財産権の帰属
 

【提言】
成長する「一騎当千集団」に
 では組込みソフトウェア業そして業界団体であるJASAは,この状況にどう立ち向かえばよいのでしょうか。

 業界の力は企業個々の活力のうえに成り立っています(図7)。業界は元気だが企業はショボくれていることはまずありませんし,企業は勢いがあるのに業界は瀕死の重体ということもあり得ません。つまり,最初の一歩は企業の活性化から踏み出す必要があります。

 企業活力の源泉は多岐にわたりますが,ザックリ三つの要因に分けて考えることができます。「人材力」「ものづくり力」「協業力」です。ものづくり力とは,技術力,開発力,製品力,品質改善力などを総称して使っています。企業や経営にとって重要な要素は通常,ヒト・カネ・モノと表現されますが,図7で人材力はヒト,ものづくり力はモノに当たります。カネは人材力と技術力の従属変数であることが多いので項目としては外しました。

 最後の協業力とは何でしょうか。ここでは二つの意味をもたしています。前述のように組込みソフトウェア業は,川上・川中・川下の3層構造をとるだけではなく,川上企業と川下企業,川中企業と川下企業がダイレクトにつながる構造をもっています。この特徴を生かして,川上あるいは川中企業が川下企業にダイレクトに情報を発信し『イコール・パートナ』となる力が第一の協業力です。

 
 もう一つの協業力は,川上と川中の企業が連携する力を意味します。組込み機器の多機能化とソフトウェア規模の増大に伴って,川上においても川中でも1社では開発を担いきれない事態が生じています。複数の企業がプロジェクトに参加しながら,最終製品を作り上げることになります。この企業間連携をすすめる力や複数企業を束ねる力を,ここでは協業力と称しています。

 協業力の背景に,ものづくり力があるのは言うまでもありません。ものづくり力が強いからこそ,協業のパートナとして選ばれるわけです。幸いなことに組込みソフトウェア業は永年にわたって,ものづくり力を培っており,業界の強みになっています。その強みをいまこそ生かすときです。

 川下企業はいま,事業の構造改革だけではなく構造転換さえ迫られています。こうした状況において協業力は重要度を増しています。以下では,業界団体JASAとして関与しやすい協業力を中心に,企業力強化のための指針を示していきます。
△図7 産業の活力とは
 

川下企業との協業の“場”を提供
 組込みソフトウェア業がかかえる問題の一つとして,前述のように協業の仕組みが機能していない点が挙げられます。

ソフトウェア開発において個々の企業での部分最適は図られますが,川上企業と川下企業間に存在する情報交換のパイプがつまっており,最終製品における全体最適は川下企業に委ねられます。川下企業からみたときの川上企業の存在感が希薄なのです。また3層構造でプロジェクトをすすめる場合にも,川上・川中の企業は,協業しようにも分断され全体として力を発揮するにいたらない状況に追いやられます。優れたものづくり力をもつ一騎当千の企業だったとしても,川下企業との交渉力が弱くなるのは否めません。

 結果として,成果物に見合った対価がえられないという業界慣行から抜け出せない状態が続くことになります(図8)。原資が乏しければ,ものづくり力強化や人材育成は二の次・三の次になります。これが従来の組込み業界,ひいてはJASA会員企業の実態です。これでは業界の活性化は達成できません。

 悪循環を断ち切るには,協業力を養い,川上・川中企業が情報発信力を身につけるとともに,業界を糾合した形で川下企業との交渉力を強めるしかありません(図9)。川下企業が構造転換を迫られるなか,「物言う一騎当千集団」「打てば響く一騎当千集団」「徒党を組んだ一騎当千集団」になることが求められます。このときに重要な役割を果たすのが業界団体としてのJASAです。

 
 いきなり「情報を発信する」「徒党を組む」といわれても,企業はパイプや“場”がなく戸惑うだけです。やり方が分からないし,連携のキーマンを見つけようにもツテがなく途方に暮れます。JASAの出番はここにあります。情報交換の場の提供役,協業相手を探し出す仲人役,協業した企業群が力を存分に発揮できる環境を作る触媒役,川下企業のニーズを見極めてすすむべき方向を指し示す船頭役がJASAに求められるのです。


企業間の協業ネットワークは当初,手探りでアドホックなものかもしれません(図10)。初めはアメーバのように融通無碍に様態を変えながらプロジェクトをすすめることになりますが,協業を繰り返すことで連携は深まり堅く太い絆になっていきます。こうなればチームワークに秀でた日本企業の強みを生かせます。川下企業のプロジェクトを期待以上のクオリティでこなせるようになるとともに,絆は強まり肝胆相照らす関係になっていきます。一騎当千集団の交渉力は強まります。
△図8 還流も連携も不十分
 
△図9 川下企業との連携強化が第一歩
 
△図10 川下企業とのダイレクトパスを生かす
 
△図11 花びら型構造を目指す
 

川下企業のJASA加盟が急務
 企業同士の人的交流や技術交流がすすむことによって,予想もしなかったような化学反応や化学変化が生じ,新たなビジネスを誕生することも考えられます。厳しさを増す一方の経営環境を考えた場合,川上・川中企業が川下企業と真剣勝負をしながら切磋琢磨する場を提供することがJASAの役割です。

 協業ネットワークがある程度定着した段階でJASAに求められるのは,協業を成功に導くためのフレームワークの提供です(図11)。この協業フレームワークは,JASAの会員企業が共通に必要としている機能を提供すると同時に,会員以外の企業や業界団体,標準化団体,国との連携を橋渡しするインタフェース役も担います(図11の右側)。特に経済産業省とは密に連携をとるべきです。組込みソフトウェア業への施策に対して積極的に発言し,業界をぐいぐい引っ張るリーダーシップがJASAには求められるのです。

 日本標準産業分類を得た組込みソフトウェア業への期待が高まるなか,安心・安全の社会実現に向けた貢献,地域振興の推進(地域経済産業局とのパイプが重要になりますし,会員企業の東名阪への集中を是正し,東北や九州での組織拡大が不可欠です),国際化への対応など,JASAが提供するフレームワークが果たすべき機能は少なくありません。

 協業フレームワークは,優れた技術や独自のノウハウをもつ企業が花びらのように集うネットワークを,JASAという萼(がく)が支える構造をとります。このネットワークを活用して,最終製品を作り上げ,社会的な貢献を果たしていくことになります。JASAをベースにした花びら型構造です。萼に力がなければ花びらはパラパラ落ちてしまい,花の価値はなくなります。萼役のJASAの役割はきわめて大きいといえます。

 
 ここで重要なのは,花びら(JASA会員企業)に川下企業が加わっていることと,その結果として花びら型構造が組込みソフトウェアのドメインごとに色や形を変えることです。

 川下企業のJASA加盟は,技術的成熟度を的確に把握するうえで不可欠です。組込み機器と技術的成熟度の関係をまとめると図12のようになります。黎明期には多種多様な技術が適用され,ふるいにかけられます。発展期(自動車が該当)になると先進技術の導入とともに共通部のプラットフォーム化がすすみます。さらに成熟期(例えば携帯電話)に入りますと,既存技術を応用した開発が中心になり,技術の焦点は機能のモジュール化に移るといった過程を踏みます。

 こうした環境のなかで,技術的成熟度の異なるドメインに同じ協業形態で対応するのは現実的ではありませんし,川下企業もそれを望まないでしょう。川上・川中企業は適切なツールやソフトウェア部品・モジュール,技術を手に,柔軟に協業体制を変えながら対処しなければなりません。

△図12 技術の成熟度でニーズは変化
 

企業幹部や技術者育成の加速を
 JASAの出番は,協業の場を作ればお仕舞いとはなりません。図7から分かりますように,人材力やものづくり力を高めないと企業力は向上しません。人材力やものづくり力という根っこや葉っぱがしっかりしませんと,大輪の花を長期間咲かせることはできないのは当然です。

 もっとも人材力やものづくり力の向上を業界団体であるJASAが直接担うのは無理があります。官や学との連携が不可欠です。幸い,このところの官学の動きは急です。2004年10月のソフトウェア・エンジニアリング・センター(SEC)の設立,2005年4月の情報処理学会 組込みシステム研究グループの立ち上げ(翌2006年4月,組込みシステム研究会に移行),2005年5月の組込みスキル標準(ETSS)の公開,2007年4月の東海大学専門職大学院の開校など,人材育成や技術力強化のために矢継ぎ早に対策を打っています。例えばSECは組込みソフトウェア実装工程の改善に向けて,組込みコーディング作法標準(ESCR),開発プロセス標準(ESPR),開発マネージメント標準(ESMR)を次々に定めました。

 もちろん官学の知見をやみくもに取り入れても現場は消化不良になります。拒否反応さえ起こしかねません。JASAには,適切な取捨選択を行い現場におろすフィルタ役が求められます。

 人材育成の基礎となるETSSもSECの成果の一つです。SECは組込みソフトウェア開発に必要なスキルを体系化し,人材育成や活用に有用な「スキル基準」「キャリア基準」「教育カリキュラム」を策定しました。JASAとしても,これらを利用しない手はありませんしし,ETSSに基づくETEC事業を継続的に改善し発展させることも重要になります。さらには,会員企業の人材育成データを提供し,ETSSのブラッシュアップに貢献することもJASAの役目です。
 
 ヒトの問題については,経営幹部育成が重要です。進取の気性にあふれた経営者の育成が,川上・川中企業にとって喫緊の課題です。

 図9に示すように,人材力,ものづくり力,協業力を結びつけて企業の活力にするのは経営の役割です。経営力が弱くては,せっかくの強みを生かせません。経営環境が厳しくなるなか,必要とあればビジネスモデルの変更や事業の手じまいにも果敢に挑む経営者でなければなりません。実際,業態による利益率の差は明らかです(図13,組込みソフトウェア業実態調査2008年版)。より利益率の高い業態への転換は常に視野に入れておくべき経営課題です。具体的には,受託開発からソフトウェア部品開発(ソフトウェア製品,開発環境・ツールなど)への転換です。利益率は前者が4.8%,後者が8.5%と,大きな差があります。

こうした経営幹部育成は個々の企業では限界があります。JASAは,全力を挙げて支援する必要があります。

△図13 業態と利益率の関係
 

JASAこそ自己改革を
 以上のようにJASAには今後,大きな期待と重い責任がかかってきます。大前研一氏の言葉を借りれば,企業だけではなく業界が“突然死”する激動の時代です。「いままでやってこられたから,今後も大丈夫に違いない」という考え方は,もう捨てる必要があります。

 川下企業を巻き込んだ協業ネットワークや協業フレームワークを,自ら汗をかいて構築しなければ,国や官,学はJASAの主張に耳を傾けてはくれないでしょう。必要とあれば,傘下企業の業態変更にも勇気をもって支援すべきです。「誰かが面倒をみてくれるだろう」といった待ちの姿勢では何も生まれません。

 「幸運の女神に後ろ髪はない」とよくいわれます。組込みソフトウェア業がようやくつかんだチャンスをむざむざ手放すのは,いかにも惜しいと思います。本ヴィジョンが提示する業界改革によって,難局は必ず突破できます。経済危機をチャンスに変え,川下企業の構造転換に食い込むのは今です。そのためにもJASAの改革は待ったなしです。

 
 以上の提言では1)〜7)の文献を参考にしました。

1)横田英史,組込み技術者教育,産官学の連携は可能か〜産の本音,官の思惑,学の本気〜,組込みシステムシンポジウム2007論文集,2007年10月

2)進藤智則,かっこいいソフトウェア〜人海戦術より「あこがれ」づくり〜,日経エレクトロニクス,2007年12月31日号

3)松原友夫,「技術,経営,個人の「自立」あるのみ」,日経ビズテック,No9,2005年

4)村上輝康,産業創発のすすめ,知的資産創造,野村総合研究所,2000年1月号

5) 玉田樹,花びら型産業への挑戦,知的資産創造,野村総合研究所,1999年11月号

6)経済産業省,「2007年版組込みソフトウェア業実態調査報告書」,2007年

7) 経済産業省,「2008年版組込みソフトウェア業実態調査報告書」,2008年

 

■JASAヴィジョン策定委員会
○有識者

・産:田丸喜一郎氏(東芝)

・官:安田篤氏(経済産業省)

・学:大原茂之氏(東海大学)

・マスコミ:横田英史氏(日経BP社)

○JASA理事

・報告書総責任者:崎詰素之副会長

・運営本部長:塚田英貴副会長

・東京支部長:藤木優常任理事

○事務局

・運営管理責任者:門田浩

・平根知文専務理事

・高橋重眞局長

・河合昭利部長